カテゴリー「心と体」の106件の記事

2010年6月29日 (火)

たまにある顔の歪み(ゆがみ)

何か朝からおかしいと思っていた。

左後頭部がガンガン痛む上に熱っぽい。そのうち歯までズキンズキンと痛くなってきた。夜勤を控えているのに痛くて寝れない。応急処置として金治水を浸み込ませた綿(わた)を歯の痛いところに埋め込み、バファリンを飲んでやっとのことで寝れはしたが、嫌な予感は的中していた。

”起きたら頬っぺたが腫れあがり顔が変形!”

参ったよ。

それでも仕事には来た。

恥ずかしさというものが40にもなると薄れていくもんだなあ。

あっ、競艇ですか?今日もダメでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2010年5月22日 (土)

普通でない生活

皆様、お久しぶりです。

こんな時間に記事を書いていること自体、普通ではありませんね。

それは”普通でない生活”をしているからに他なりません。

昨日は前日の深夜勤務を終えて朝に帰宅、夕方まで寝ておりまして、起きたらまずは床屋(今回はちょっと・・・切り過ぎました)。

先日の何度目かの借金発覚による反省から、私は妻に”(競艇をやる)お金が欲しい”と素直に意思表示。

<<職場等で蓄積されていくストレスはギャンブルで勝って発散したいのが私の気持ちのようです。>>

”コソコソすることだけはやめて下さい。私には嘘をつかないで下さい。(カード等で)借金してのギャンブルは絶対にしないで下さい。”

・・・分かっています。

昨夜は丸亀、若松、住之江にホームプールでもある蒲郡とナイターが4場もありました。

もうここまで負けが続くと”どこのどのレースを選択したらいいのか分からない”状態に陥りました。

それでも自分でしてきた検証を信じて・・・。

人気ブログランキングへ(←クリックお願いします)

ブログネタ: ストレス発散法は何?参加数拍手

・・・結果はプラスマイナスゼロでした。何はともあれ、久しぶりに”的中”したような気がします。

そして公休日の今日を迎えたわけです。3時起きはいささか気合入りすぎですがね(苦笑)。でも、公休日が少ないからやむを得ないかも。

<あんな長時間を拘束しているのなら、もっと休みを増やしなさい!>

↑また、会社にムカついたら記事にしますが、最近考えられないような上役の身勝手な判断が、他の班であったことを耳にしました。”とばっちり”を受けたその班にはたまりませんよね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

2010年5月19日 (水)

「最低!」

昨日は更新などはとてもできるような状態ではなかった。

また、膨れ上がっていく借金がバレた。

ジャパンネット銀行の極度型ローンなら借りても延滞しない限りは、明細が家に届くようなことはなかった。

つい最近、メイン口座を楽天銀行に移したのだが、様々なポイントやレベルを貯めたいが為に、競艇に限らず地方競馬、競輪にまで手を出すようになり、小遣いたるものはあっという間に消えた。

さらに無意識に先日、○万円を2回に渡ってキャッシング。

明細は数日後に届いていた。

金額の大小ではない。

妻を騙していた自分、自分に騙されていた妻が分かった時・・・。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ギャンブル依存症へ(依存症、何でこんなことから抜け出せないの?)
にほんブログ村

リンク: 身勝手?病気?新型うつ病.

| | コメント (8) | トラックバック (1)
|

2010年5月 7日 (金)

杞憂(=余計な心配)

仕事が終わる少し前に、私の携帯電話が”ピヨピヨピヨピヨ~♪”と鳴った。

もうこれで十分だった。

この、ひよこの鳴き声みたいな着信音は妻だけの設定にしてある。

小心者の心配は全て杞憂(きゆう)に終わった。

隣人の方にも私にも常識に欠けた面もお互いにあったかも知れない。

それまで顔を見合わせればお互いに挨拶していたんだし・・・。

心配で自分が恐怖感に陥るよりも、人を信じることのほうがどれだけ大事かということを少し勉強させられた。

もっとも、その方がラクでもあるし、その方が賢明でもあろう。

私が帰宅したところをちょうど妻がパートに出かけた。

”昨日も静かでよく寝れたよ~”と言いながら・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2010年2月23日 (火)

ダウン

数日前から体調不良が続いていたが、昨夜、日勤から家に帰った途端にダウン・・・。

大好きな飯もあまり食べれず、風呂に入って就寝。

特に後頭部がガンガンするので夜中に途中で起きてしまったがそれでも何とか朝まで寝れたものの・・・発熱。

今日の日勤は休みました。

一人の欠員が出ると確かに迷惑かとは思いますが、「えらい、だるい・・・」などと言いながら、体調不良で無理して出勤するほうがかえって周りに迷惑をかけると判断したからです。

この風邪が妻に移ることを一番恐れています。

今のところ咳込むようなことはないですが、咳が一番腹(手術した痕)にくるでしょうから・・・。

なるべく別の部屋でおとなしく静養するよう心がけます。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年12月13日 (日)

復調ならず

大腸癌の摘出手術から今日で11日が経過した。

”順調に行けば11日後には退院できますよ”

妻の手術を無事に終えた主治医はあの時そう言っていた。

その今日は、妻が”退院する日”でもあったハズだった。

私も今日はちょうど仕事が休みでその喜びを一緒に味わえるハズだった。

しかし・・・。

未だに病室にいる妻とのメールでのやりとりが続いている。

”おしっこが、まだ出ない”

・・・順調とは言えないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年12月10日 (木)

延期

昨日も夕方から妻のいる病院に行ってきた。

痛みは勿論のこと、未だに小便が出ないのが本人にも相当ストレスになっているようで、あまり元気がない。

本人は手術が終わっても検査、検査でそれが終われば退屈でしかない入院生活に嫌気をさしている。

”早く、帰りたいよ”

・・・そう言われてもなかなか返す言葉が見つからない。

術後が順調ならば13日の日曜日が退院の予定だったが、実際はまだ先になりそうだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年12月 8日 (火)

複雑な思い

夜勤の真っ只中です。今朝7時前に家に帰ってきて、少しは寝ましたがまた今夜も夜勤が控えております。

今朝の帰り道、誰もいない家に直帰したところで朝食がないので、”吉野家”に寄り道。

牛鮭定食(大盛)を食らって自分なりに満足して家に帰ってきたら・・・”タバコがない!”。

妻の働いていたコンビニにタバコを買いに行ってきました。

ついこの間までは、この時間は毎日のようにこの店を任されていたはずなのですが、もう妻の姿はありません。誠に残念ではありますが、その姿をもう見ることはないでしょう。日勤の時なんかは、何度か店から手を振って駅へ向かう私を見送ってくれたついこの間のことが・・・。

手術前の家族への説明の時に言われた主治医からの言葉を思い出す。

”直腸が短くなる分、便を溜めておくところが小さくなります。その為、すぐに便意をもよおすことが多くなります。少なくとも1日10回以上の便意があるので、どうしてもという患者さんには薬で調整するのですが、薬で調整しすぎても決していいことはありませんし、私はお勧めできません。”

要するに、もう以前の生活には戻れないのです。

実際、手術を無事に終えて5日間経過した今でも、便どころか、尿でさえも自分の意志で出すことができないのです。

”本当に治るの?”

妻のメールに”勿論!”と返信はしたものの、何だかすっきりしません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年12月 4日 (金)

歩いてくれ!!!

今日は日勤でした。

面会時間が15時~20時と限られた時間でしかできないので、日勤である私は妻の容体を見に行くことすらできません。

その代わり妻のお母さんが付きっきりで面倒を見ています。

昨日までは正直、”全く動けるような状態ではなかった”だけに余計に心配しておりました。

妻に直接メールしたところで手先が動かないし、電話したところで声を出そうとすると喉が痛いような現状では何ともならず、夕方お母さんに状況を確認しました。

”非常に痛がっているけど、それでも頑張って歩く練習をしています”

・・・それだけで妻とお母さんの必死な様子が伝わってきた。

手術前は平然と歩いていただけに、本人は悔しくて仕方ないのだろうと思う。

夜に様子を見に行った妻の妹からも連絡があった。

”元気だったよ!少しだけど頑張って歩いたみたい!”

・・・この報告はとても嬉しかったです!

手術は成功しても、すぐに歩かないと腸閉塞の危険性があるし、タンを出さないと肺に詰まって死亡するケースが過去に何度もあるらしい。

それを手術前の主治医の説明を本人も聞いていたからこそ、尚更必死なのだ。

勿論、私もその説明は聞いていた。

”歩く”という、人間としてはごく単純で簡単なことだが、今の妻にはそれが命がけのことなのだ。

明日も日勤で妻に会うことはできませんが、心の底から応援しております。

もう癌は体内に無いのだから!歩け!!歩いてくれ!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年12月 3日 (木)

激動の一日⑦(最終章)

・・・全く想定外の患者との再会だった。

顔面血の気がなく、呼吸困難、体中からコードが出ている状態。

看護士は患者から酸素マスクを外し「何かしゃべりかけてください!」と言った。

その姿に・・・。

何を言ったのか分からない。

もう涙しか溢れず、言葉にならなかった。

妻から何も返答はない。それでも・・・手を差し伸べてきた患者。

その力は弱いが、握り返してきた。温かかった。

生きてはいるのだが、その姿は家族にしてみればあまりにも衝撃的だった。残酷すぎた。

(妻をあんな状態にさせてしまって手術は本当に成功したのだろうか?)

2009年12月2日、そんな激動の一日でありました。

長かったですが、妻は本当によく頑張りました。私達家族も本当によく頑張りました。

記事自体は長い夢から覚めた本日に更新したものである。私も何日寝ていなかったか分からない。

最後に妻のあんな残酷な状態を見せられても・・・それでも主治医の「成功」という言葉を信じて、これからを頑張っていきます。

妻と共に・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧