カテゴリー「心と体」の102件の記事

2010年2月23日 (火)

ダウン

数日前から体調不良が続いていたが、昨夜、日勤から家に帰った途端にダウン・・・。

大好きな飯もあまり食べれず、風呂に入って就寝。

特に後頭部がガンガンするので夜中に途中で起きてしまったがそれでも何とか朝まで寝れたものの・・・発熱。

今日の日勤は休みました。

一人の欠員が出ると確かに迷惑かとは思いますが、「えらい、だるい・・・」などと言いながら、体調不良で無理して出勤するほうがかえって周りに迷惑をかけると判断したからです。

この風邪が妻に移ることを一番恐れています。

今のところ咳込むようなことはないですが、咳が一番腹(手術した痕)にくるでしょうから・・・。

なるべく別の部屋でおとなしく静養するよう心がけます。

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2009年12月13日 (日)

復調ならず

大腸癌の摘出手術から今日で11日が経過した。

”順調に行けば11日後には退院できますよ”

妻の手術を無事に終えた主治医はあの時そう言っていた。

その今日は、妻が”退院する日”でもあったハズだった。

私も今日はちょうど仕事が休みでその喜びを一緒に味わえるハズだった。

しかし・・・。

未だに病室にいる妻とのメールでのやりとりが続いている。

”おしっこが、まだ出ない”

・・・順調とは言えないのだ。

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2009年12月10日 (木)

延期

昨日も夕方から妻のいる病院に行ってきた。

痛みは勿論のこと、未だに小便が出ないのが本人にも相当ストレスになっているようで、あまり元気がない。

本人は手術が終わっても検査、検査でそれが終われば退屈でしかない入院生活に嫌気をさしている。

”早く、帰りたいよ”

・・・そう言われてもなかなか返す言葉が見つからない。

術後が順調ならば13日の日曜日が退院の予定だったが、実際はまだ先になりそうだ。

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2009年12月 8日 (火)

複雑な思い

夜勤の真っ只中です。今朝7時前に家に帰ってきて、少しは寝ましたがまた今夜も夜勤が控えております。

今朝の帰り道、誰もいない家に直帰したところで朝食がないので、”吉野家”に寄り道。

牛鮭定食(大盛)を食らって自分なりに満足して家に帰ってきたら・・・”タバコがない!”。

妻の働いていたコンビニにタバコを買いに行ってきました。

ついこの間までは、この時間は毎日のようにこの店を任されていたはずなのですが、もう妻の姿はありません。誠に残念ではありますが、その姿をもう見ることはないでしょう。日勤の時なんかは、何度か店から手を振って駅へ向かう私を見送ってくれたついこの間のことが・・・。

手術前の家族への説明の時に言われた主治医からの言葉を思い出す。

”直腸が短くなる分、便を溜めておくところが小さくなります。その為、すぐに便意をもよおすことが多くなります。少なくとも1日10回以上の便意があるので、どうしてもという患者さんには薬で調整するのですが、薬で調整しすぎても決していいことはありませんし、私はお勧めできません。”

要するに、もう以前の生活には戻れないのです。

実際、手術を無事に終えて5日間経過した今でも、便どころか、尿でさえも自分の意志で出すことができないのです。

”本当に治るの?”

妻のメールに”勿論!”と返信はしたものの、何だかすっきりしません。

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2009年12月 4日 (金)

歩いてくれ!!!

今日は日勤でした。

面会時間が15時~20時と限られた時間でしかできないので、日勤である私は妻の容体を見に行くことすらできません。

その代わり妻のお母さんが付きっきりで面倒を見ています。

昨日までは正直、”全く動けるような状態ではなかった”だけに余計に心配しておりました。

妻に直接メールしたところで手先が動かないし、電話したところで声を出そうとすると喉が痛いような現状では何ともならず、夕方お母さんに状況を確認しました。

”非常に痛がっているけど、それでも頑張って歩く練習をしています”

・・・それだけで妻とお母さんの必死な様子が伝わってきた。

手術前は平然と歩いていただけに、本人は悔しくて仕方ないのだろうと思う。

夜に様子を見に行った妻の妹からも連絡があった。

”元気だったよ!少しだけど頑張って歩いたみたい!”

・・・この報告はとても嬉しかったです!

手術は成功しても、すぐに歩かないと腸閉塞の危険性があるし、タンを出さないと肺に詰まって死亡するケースが過去に何度もあるらしい。

それを手術前の主治医の説明を本人も聞いていたからこそ、尚更必死なのだ。

勿論、私もその説明は聞いていた。

”歩く”という、人間としてはごく単純で簡単なことだが、今の妻にはそれが命がけのことなのだ。

明日も日勤で妻に会うことはできませんが、心の底から応援しております。

もう癌は体内に無いのだから!歩け!!歩いてくれ!!!

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2009年12月 3日 (木)

激動の一日⑦(最終章)

・・・全く想定外の患者との再会だった。

顔面血の気がなく、呼吸困難、体中からコードが出ている状態。

看護士は患者から酸素マスクを外し「何かしゃべりかけてください!」と言った。

その姿に・・・。

何を言ったのか分からない。

もう涙しか溢れず、言葉にならなかった。

妻から何も返答はない。それでも・・・手を差し伸べてきた患者。

その力は弱いが、握り返してきた。温かかった。

生きてはいるのだが、その姿は家族にしてみればあまりにも衝撃的だった。残酷すぎた。

(妻をあんな状態にさせてしまって手術は本当に成功したのだろうか?)

2009年12月2日、そんな激動の一日でありました。

長かったですが、妻は本当によく頑張りました。私達家族も本当によく頑張りました。

記事自体は長い夢から覚めた本日に更新したものである。私も何日寝ていなかったか分からない。

最後に妻のあんな残酷な状態を見せられても・・・それでも主治医の「成功」という言葉を信じて、これからを頑張っていきます。

妻と共に・・・。

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激動の一日⑥

19時少し前・・・手術後約6時間経過(予定より約3時間遅れ)

アナウンスが鳴った。もう私達しかいないのだ。

談話室へ・・・。

そこでは手術に対しての医者の説明は勿論のこと、妻の体にあった悪性腫瘍(=がん)を見せるとのことを予め聞いていた。

お母さんを除く5人が談話室へ入室した。

「非常に時間がかかってしまいましたが、手術は成功です。」

・・・この言葉だけで十分だった。

実際、妻の直腸にできた癌をそれぞれ自分の目で見た。

手の親指を合わせたぐらいの大きさ・・・予想以上に大きかった。

「まだ全身麻酔から完全には覚めていないので会わせられる状態になりましたらアナウンスしますので家族待合でお待ちください」とのこと。

その後の家族待合の雰囲気は・・・お察しできますよね。

今まで見ていた長い悪夢から覚めたような・・・そんな気持ちでした。

しかし・・・。

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激動の一日⑤

17:30・・・手術後4時間半経過(予定より1時間半遅れ)

家族待合で同じような時刻から待っていた他の家族が次々とアナウンスされ、とうとう私達家族だけ取り残された。

OLの仕事を終えた妻の妹がこの時に合流した。

・・・「それにしても長い」

皆、不安が頭をよぎっていたに違いない。

一度もアナウンスされていないのだ。

手術の変更ではなく、手術の失敗。

そんな馬鹿なはずはないにせよ、そういうことまで脳裏をかすめてしまうのだ。

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激動の一日④

<中略>

・・・あの看護士の呼び出しには脅されただけで、妻の手術自体に関してのものではなく、ICU(集中治療室)に家族が入る時の注意事項をDVDで見ておいて欲しいというものであった。

”脅かさないで下さいよ!”

看護士に言ったつもりだったが、多分言葉になっていなかったのだろう。

<中略>

15時30分・・・手術後2時間半経過

私達の食事も終わり、5人がまた家族待合に集まった。

しばらくしてから・・・。

「ブルルルルルル・・・・、○○様のご家族の方、手術が終わりましたので談話室へどうぞ」

というアナウンス。

家族待合で待つ人は皆、その音にびっくりしたことだろう。

その呼び出しは私の妻ではなかった。

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激動の一日③

家族待合にも私達だけではない。様々な状況の他の家族が待っている。

”(家族の無事を)祈る気持ち”は同じである。

14時・・・手術から1時間経過。

5人で並んで待っていても仕方がないので、順番に食事休憩を取ることにした。昼食どころか朝食さえも食べていないお母さん(私と妹もそうだったが)を最優先した。

まだ何もアナウンスはない。同じような時刻に始まった他の家族へのアナウンスもないまま、私達は待っていた。

異常に喉が渇く・・・待っている間も交代でデイルーム(休憩所)に行くような状態が続いていた。

私が家族待合で一人になったその時!!

ドアが開いて「山田様のご家族の方」と看護士からの呼び出し。

・・・私は「はい」と返答はしたものの、足がすくんですぐに立ち上がれなかった。

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